閑話

 王侯貴族のあいだでは、恋が婚姻につながるという事例はごく稀だ。多くの場合、家名を押し上げるために、財産名誉を照らし合わせた上で当主や家老たちが相談して子息息女の配偶者を決めることとなる。名家に生まれた若者たちはそれを政略結婚と割り切り、決められた婚姻を結んだあとも、名ばかりの妻や夫にはばかることなく、恋は恋として楽しむのが普通だった。
 けれども家柄とも権威とも無縁な庶民にしてみれば、幼なじみや村の仲間同士、夏至の祭りなどで出会い恋に落ちた男女がそのまま夫婦となることの方が自然だった。グノー地方では男性が女性に歌を歌いかけ、フォンティーナでは祭りの篝火に愛を誓ってダンスを申し込むのが求婚の際の伝統である。一方、ヘーデンの年頃の娘たちは意中の男性から花の髪飾りを贈られる日を憧れ、花嫁の髪には必ずその花が飾られるのだった。
「……つまり、あんたはその髪飾りを自慢しに来たわけなのね?」
 アーレインの言葉に、リンコレッタは薄桃色の唇をとがらせた。彼女の金髪にはその唇とよく似た、淡いピンクのバラの花が飾られていた。
「そんな言いかたってないのではなくて? アイルがわたくしに示してくれた誠意なのよ? ――ああ、わかったわ。アーレインったら、わたくしがうらやましいんでしょう! ヒュルストー様はとことんこういうことに疎いおかただから、髪飾りのプレゼントなんて望めないものね」
「ヒュルストーじゃなくてライナスよ」
 アーレインは訂正した。そして、有頂天でうっとりとバラをなでるリンコレッタを見遣り、もうしばらく教えてやるまいと決めた。
 つい先日、ライナスがなんともいえない表情をして自分によこした、花の髪飾りのことを。



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