君のその価値

「来ないで」 　尖塔の屋上で、アゼルとユーベリウスは対峙していた。 「そこから一歩でも近づいたら、飛び降りてやるんだから！」 「飛び降り自殺はきれいな死にかたじゃないよ、我が姫君」 　アゼルのとび色の目は金の炎のように燃え上がり、ユーベリウスをねめつけた。 「じゃあ喉をかっ裂いてみせましょうか。そのほうがまだきれいだというのなら」 「かっ裂くという言葉が、まずあんまりきれいじゃないと思うな」 「いいのよ。私はもともと、ムーンレーナなんかとちがってきれいなんかじゃないのだから」 「どうしてそんなことをいうの？」 　ユーベリウスは、風になびくアゼルの赤い髪が夕焼けの朱よりも美しいと本気で考えていた。 「僕はアゼルが大好きだし、アゼルの目や、髪や、何よりそのまっすぐな中身がとってもきれいだと思うんだ」 「でも私には大した価値なんてないのだわ。だってお父様もお母様も、覚えていらっしゃらなかった」 「忘れてたんじゃない。急な御用が入ってしまったから、君におめでとうがいえなかっただけだよ」 　アゼルはくちびるをかみしめて、ユーベリウスから目をそらした。 　子どもじみたことをいっているということはアゼル自身が一番よくわかっているのだと、ユーベリウスはよくよくわかっていた。 　その危なげなへりから、はやく一歩でもこちらにもどってきてほしかった。 「ほら、こっちへおいで。二人でケーキを食べよう？」 「来ないでっていってるでしょう！」 　悲鳴を上げるようにアゼルはさけんだ。 「ぐちゃぐちゃになったっていい！　あとちょっとでもうごいたら私、ここから落ちてやるからね！」 　言い出したらどこまでも我を通すのがアゼルだと、ユーベリウスもいい加減心得ていた。だからここで駆け寄っていって抱き寄せようとでもしたら本当にアゼルが飛び降りかねないことくらい、充分ありうることだと考えることができた。 　ユーベリウスは一歩も動かないまま、すらりと腰から短剣を抜いた。そして自らの首筋にあてて、その冷ややかな刃の感触を感じた。 　アゼルの目が、見開かれた。 「我が姫君、よくお聞きください」 　ユーベリウスはやわらかに微笑んだ。 「あなたが死をお選びになるというのなら、僕もその瞬間に喉をかっ裂きます。あの世にまでお供として仕え、騎士の務めを果たさせていただきます。……ってことをちゃんと頭に置いて死んでね、アゼル？」 　アゼルは蒼ざめ、冷たい輝きを放つ短剣の刃を見つめていた。こういう場面でこういう種類の冗談を言わないことくらい、アゼルもユーベリウスを心得ていた。 「それはだめよ、ユーベル」 「なぜだめなんです？　アゼルが死んでよくて僕がだめなんて、そんなのおかしいでしょう？」 　ユーベリウスはほれぼれとアゼルをながめた。 「僕はね、アゼルがいない世界なんかにいたくないんだよ」 　さあ、僕を生かしておきたかったら、アゼルが生きていなくちゃね？　 　アゼルは塔の下を見下ろし、短剣の輝きを見、ユーベリウスの微笑みを見、くしゃりと顔をゆがめた。 「……卑怯だわ」 「卑怯なのはどっち？　アゼル」 　右手で刃を首にあてたまま、ユーベリウスは左手をアゼルに差し伸べた。 「おいで」 　涙でぼやけた彼女の目に自分の微笑みがきちんと映ってくれればよいがと願いながら、彼はすばらしく美しくほほえんだ。 「十四歳のお誕生日おめでとう、アゼル」 　わっと駆け出してきた大切な姫君を、ユーベリウスは短剣を放り捨てて、両腕でしっかりと抱きしめた。 「生まれてきてくれてありがとう、アゼル」 　世界中のだれが君を必要ないと言ったって、僕は君が生きていてくれないと、きっと生きていられないからね。

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