| 第四章、薬草園の魔女 | |
聖母の御手によって天の楽園へと導かれる生命をひきとめて、宙で受けとったとしたらこのような感じなのかもしれない。 黄金に光るほのかな重みをかかえて、アーレインは座りこんだ。降り立ったカラスが心配そうに腕の中をのぞきこむ。ハーティスの細い身体の無事を確認して、アーレインは大きくため息をついた。それと同時に本来の重みが戻り、腕と膝にずしりと負荷がかかった。 「ハティ！」 名前を呼びながら軽く頬をたたくと、薄茶色のまつげに飾られたまぶたが揺らいだ。カラスがくせのある髪の中にくちばしを突き入れて、毛の房を引っ張っている。顔をしかめながらゆっくりと目を開けた少年はオリーブ色の双眸を見、やがてぼんやりつぶやいた。 「やっぱり……そう、だったんだ」 「どうしてこんなところにあんたがいるの？ 薬草園の魔女は？」 アーレインは薄茶の頭を胸に抱きしめ、叫んだ。 「どんなに心配だったかわかる？ この五年間、早く助け出したいと思って私は」 「そうだ。さっき、皇王が」 自分の状況をようやくのみこんだハティがアーレインの言葉をさえぎった。 「皇王が、誰かと言い争いながら獅子の車に乗ってどこかへ行ったんだ」 それを聞いてアーレインもはっとした。 「誰かって、麦藁色の髪をした、背の高い若い男の人ではなかった？」 「そう。皇王と剣を交えてた」 皇王を追いかけたライナスに、間違いない。 「その人はどこへ行ったの？」 「皇王と一緒に、獅子に乗ってどこかへ」 「どこかって、どこなの？」 「そんなの、僕にわかるわけないじゃないか」 ハティはむくれたが、その手に握りしめたままでいた巻紙をアーレインの前へと差し出した。 「僕はレオギン――薬草園の魔女から、この手紙を皇王にわたすようによこされたんだ。だから、これに何か手がかりが書かれているかもしれない」 アーレインは巻紙をひったくり、封蝋をやぶって文面を床に広げた。ハティもカラスも、彼女と一緒に達筆な文字の手紙を読んだ。そして最後まで読み終わらないうちに、二人と一羽はそろって顔をこわばらせた。
「火を放つって……あと十二、三年って……」 手紙を運んできた当人のハティの顔面が蒼白になった。小刻みにふるえる肩を自分で抱きしめる。爪が、短衣の生地に食いこんでいた。 「スルスミ。レオギンはあと十二、三年で死んじゃうの？ だから、十二祝いをしようと言ったらあんなふうに視線をそらしたの？」 スルスミと呼ばれたカラスは渋い表情でわき腹の羽毛をつついた。ハティは苦い唾をのみこんで立ちあがった。しかしすぐに足元はふらつき、アーレインが支えなくてはならなかった。 「薬草園が皇王の手先に見つかったんだ。レオギンは、もともと薬草園を燃やすつもりだったのかもしれない。だから僕とスルスミを遠くへ逃がしておいて、墓守だからってひとりで残って……」 ハティは唇をわななかせた。しかしアーレインには、魔女の事情など知ったことではなかった。それよりも、彼女にははっきりさせておかなくてはならないことがあった。 「ハティ」 彼女は五年ぶりに、まっすぐに弟と向き合った。 「あんたにとって、薬草園の魔女って何なの？」 彼の両肩に手を置くと、震えが痛々しいほどに伝わってきた。 「私はずっと、あんたが私のせいでさらわれたのだと思って、助けなくてはいけないと思ってまじない師の力をつけてきた。なのに、あんたは魔女の心配ばかりしているわ。あんたにとって、彼女は何なの？」 「レオギンは、家族だよ」 ハティは震えながらも、それでも、きっぱりと言った。 「家族だ」 「家族というのは私や、ディッセルベーンの父さん、母さんでしょう？」 「血のつながりも家族だけど、レオギンも家族なんだ。僕はさらわれたんじゃない。僕はレオギンと一緒にいたいから、レオギンと一緒にいるんだ」 彼の言葉に迷いはなく、一種のすがすがしささえあった。素直に言い切ることができるハティがうらやましかった。 「それって変？ おかしい？」 「……おかしくないわ」 彼女はかぶりを振り、 「……私も、そうなのかもしれないもの」 そして自嘲ぎみにつぶやいた。 ライナスの過去を知らされて胸がつぶれる思いだったのと同時に、過去を知らされるに足るだけ信じられているといううれしさがあったのも事実だ。彼の本当の名前を知っていることで、リンコレッタやアイルに優越感を感じていたのも否めない。 「まじない師なんだもの。たとえ牢につながれたって逃げられたはずなのに、どうして私は城館にとどまったのか、不思議に思わなかったほうが不思議だわ」 最初は反感ばかりが先に立ったものの、その憎まれ口の応酬を、どこか心地よく感じていたのかもしれない。南塔を訪れるたびにライナスが淹れて差し出したコーヒーはとてもおいしかった。おだやかで香ばしい香りに包まれた彼の部屋を、きっと、知らず知らずのうちに守りたいと思うようになったのだろう。 「おどされたからじゃないわ。……ライナスのことがほうっておけなくて、一緒にいたかったから、一緒にいたのね」 アーレインも立ちあがり、星空を見上げた。かすかに楽団のメヌエットの演奏が聞こえてくる。リンコレッタやアイルは、王太子のルバートは、どうしているだろうか。 目を閉じると、しん、と静謐な力がみなぎった。胸いっぱいに空気を吸いこみ、歌うように息を吐く。目を開けてまっすぐ前を見すえると、星の瞬き一つ一つが神聖な言語のように思え、夜空の黒が冴え冴えと瞳の裏側に染みわたっていった。頭のいただきから指の先々までの血が透明に澄んだ気分だ。 「薬草園に、行かなくては」 皇王も、そのバイスンを追ったライナスも、おそらく薬草園へと向かったのだろう。急がなくては魔女が本当に火をつけてしまうかもしれない。炎に巻かれてしまえば、皇王だろうがライナスだろうが死んでしまうだろう。 「でも、どうやって」 スルスミを腕に止まらせたハティが泣きそうな声でたずねた。 「獅子はもう行ってしまったのに。空飛ぶ獅子の車みたいに、どうやったら速く行ける？」 「薬草園には、あんたの大切な人もいるんでしょう？ 助けたいんでしょう？ そんな情けない顔してどうするの」 幼い日にしかりつけたように強く言ってやると、ハティは小さな子どものような目でアーレインを見上げた。 「僕の大切な人、も？」 「私だって、助けたい人が皇王を追いかけて薬草園に向かったのよ」 ライナスを助けるか、見捨てるのか。クロナガヘビの傷を手当てしたときのように二者択一をせまられても、もはや迷う必要はなかった。 バートラムに頼まれたからでも、リンコレッタに言われたからでもない。自分が助けたいと思っているのだ。 今、一番必要なものは何だろう？ アーレインは考えた。相手は神獣がひく車だ。実在を考えたことなどなかったが、実際に星空に翔け出そうとするところをこの目で見た黄金の獅子だ。どんなに急いでも、並たいていの方法では追いつけないだろう。ならば、同様に獅子や竜に乗ってゆくのが妥当だ。けれども獅子や竜の実物には触れたことがない。何せ神獣なのだ。きょうびそこらを闊歩している獣とはわけが違う。見せかけだけの幻影ならば神獣だろうが竜だろうがたやすく作れるだろうが、手ざわりまで再現をした深緑のドレスと同じように作り出せる自信はない。繻子のドレスは、色は違えどリンコレッタのものを着つけや髪結いを手伝ったときに間近に目にしたし、触れていたのだから。 頭の中にしっかりと姿を描き、手ざわり、質感までが思い起こせる何か。そして今一番必要な、獅子の車に追いつけるだけの力を持った何か――。 乾いた喉につばをのみこみ、アーレインは周囲を見まわした。そして不意に、スルスミのつぶらな瞳と目が合った。黒く困ったようなその目が、アーレインにアルソレイム宮殿への道中だけの短いつきあいだった相棒を思い出させた。不安げにこちらを見た相棒は、栗毛の牝馬だった。 「馬がいいわ」 アーレインは言った。 「脚の速い馬がほしい。脚が強くて、速い馬が」 澄んだ自分の体内で、馬が駆けめぐるような震動と自身の鼓動が重なり、アーレインは力の海に引きずりこまれそうになるのを感じた。このままではいけない。その海にみずから飛びこみ、感覚だけをたよりに全力で探り出し、暴れる獣の尾をつかんで反対に引きずり出した。 彼女が手にしていたのは、漆黒の毛並みの駿馬だった。 突然目の前に現れた大きな黒馬にハティが歓声をあげた。その黒馬はスルスミと同じ、黒メノウを思わせるつぶらな瞳をしている。たてがみには少しだけ羽毛の名残りがあった。 アーレインは鞍も何もないスルスミのはだか馬にまたがり、ハティに手を差し伸べた。 「乗りなさい。――スルスミ、二人分でも耐えられるわね？」 ハティが背によじ登ると、スルスミは豪快な鼻息で応えた。アーレインは太い丸太のような黒い首にしがみついて、ハティは姉の腰に両腕でつかまった。スルスミは誇らしげにさお立ちになり、強く床を蹴って外へと踊り出た。耳をくすぐる楽団のメヌエットはいつのまにかロンドに変わっていた。宴もたけなわの時間だ。宴から遠ざかり、一行は夜のとばりが下りたアプローチに出た。石畳をひづめがたたき、鳥や植物の細工がほどこされた鉄柵をそのまま一足で飛び越える。スルスミはますます加速するので、アーレインは四肢が宙に浮いているのではないかとも思った。頭上の星たちはひときわ強く輝いたあと、流星のごとくすじになって通りすぎ、風が痛いほどに激しく真横をかすめていった。 走るうちに夜はふけ、やがて明け方が近づいた。スルスミの首筋がしっとりと汗ばんでいる。 ハティの身体が落ちないように、アーレインは上衣の裾を裂いてハティを自分の背にくくりつけた。どんなに薬草園の魔女が心配であったとしても、まだ十二歳なのだ。子どもにとって、眠気をねじ伏せるのは至難のわざらしい。彼は真夜中を過ぎたあたりから舟をこぎはじめ、やがて上体が大きく揺れてアーレインは肝を冷やした。手元がおぼつかなくなり、いつ放してしまうかわかったものではない。赤ん坊を背中に固定するように、裾を裂いてたすき状にしたものを後ろにまわして両側から交差させ、最後に腹の前できつく結んだ。 アーレインはふと、ハティが赤ん坊だった頃にこうして背負い、子守りをしたことを思い出した。両親が店に出てはたらいているあいだ、小さな弟の面倒を見るのはアーレインの仕事だった。ハティはよく泣く子どもで、当時は自身も幼かったアーレインはどうしてよいのかわからず手を焼いた。ミルクを与えてみてもおしめを変えてみても泣きやまずに顔をくしゃくしゃにしてせいいっぱいに声をはりあげているのを見るとアーレインはとほうに暮れてしまって、それでも両親の仕事の邪魔になってはいけないだろうと思い、ハティを背負ったまま家のある雑貨店からできるかぎり離れようとした。商店通りから遠ざかって、誰にも迷惑にならないだろうと腰を下ろしたのが町の裏山だった。日差しが気持ちよく、芝生もやわらかいその裏山に連れていくと、なぜかハティも泣きやんで機嫌よく笑うのだ。それ以来、アーレインの一番のお気に入りの場所はディッセルベーンの裏山となった。 東の空が白んで、雲が薄紫に染まりはじめた。藍色の絵の具が水で溶かされて薄められていくように夜の空気が薄らいでゆく。徐々に太陽が顔を出して、西方を走るシュラノー川の川面が宝石粒を思わせる光を放つ。フォンティーナ山脈のかたちよい峰々が正面から朝日を浴びて紅色を帯びた。 アーレインは背中に身じろぎを感じた。ハティが目を覚ましたのだ。遅いヒースの咲いた荒野を走りつつ、アーレインは北東の方角を見つめて眉をしかめた。相当な速さで駆けているはずなのに、まだ黄金の獅子の車は見当たらない。目覚めたばかりでまだぼんやりとしているうしろのハティにしっかりつかまっているように言い、アーレインはスルスミの腹を蹴った。彼女に応えようとしてスルスミは必死に脚を動かす。湿っていただけの黒い首筋に丸い汗が浮かんで、ガラス玉のように転がりおちた。 ――そのとき。 ようやく昇った朝日に照らされて、はるか前方の宙で何かが金色に光ったような気がした。目の錯覚かもしれない。ちぎれ雲が太陽の光を反射したのかもしれない。けれどもアーレインの鼓動は速まった。 「ハティ」 ハーティスが目をこすりながら顔を上げた。 「なに？」 「ヘーデンのお館のどこに、薬草園はあるの？」 「空からなら見ればわかるし出入りも自由って、レオギンは言ってた」 アーレインはかぶりを振った。 「だけど馬の姿では、スルスミでも空は飛べないわ」 「普通に薬草園に入ろうと思ったら、僕がいつも使っている入り口か、鍵がかかっている門か、どちらかだ。どちらも東塔と北塔のあいだの外壁に隠してあるけれど」 「あんたは勝手に薬草園を出入りできたの？」 だったら、どうして一度くらい帰ってこなかったの！ アーレインがすっとんきょうな声をあげると、ハティは彼女の服を引っ張って否定した。 「僕が薬草園の外に出るのは食べ物を調達したり、レオギンのために用事をはたしたりするときだけだよ。薬草園の場所はレオギンも僕も知られたくなかったから、できるかぎり外には出なかったんだ」 でも、結局、バイスンの手下に見つけられたのだけど……。言いにくそうに口の中でつぶやいた言葉は、風にかき消されてアーレインの耳には入らなかった。 「ハティがいつも使っている入り口って、鍵も何もなくても入れるのね？」 「ん……でも、僕じゃないと難しいかもしれない」 「どうして」 ハティは、五年前よりもずいぶんと身長が伸び、肩や胸にまろやかな丸みがついた姉を眺めて微妙な顔をした。 「せまいかもしれないんだ」 「私はそんなに太ってないはずよ」 アーレインは憤慨したが、ハティは頭をかいて、 「そういうことじゃないんだ」 ヘーデン城館の地下階よりも深くにある自分の専用通路を思い浮かべた。 「入り口って、雨水を流すための排水路なんだよ」 ハティは言った。 「僕にとっても、最近はきゅうくつになってきているんだ」 「……じゃあ、鍵がかかっている門の、鍵はどこにあるの？」 「僕も知らない」 正直な答えに、アーレインは一瞬絶句した。 「本当に、知らないの？」 「辺境伯が持っているって、それだけしか知らない。レオギンがフォルール神の墓守、皇王が国守り、それと同じことでヘーデン伯は代々薬草園を秘密の庭として隠すつとめを負った庭守だから。千年も前からずっとそうなんだって。フォルール神の墓石が五百年前に今のお館に建てかえられてからもずっと、庭守をしてくれているのだって」 「でも辺境伯はもうフォンティーナに行ってしまったわ」 アーレインの叫びに、ハティは必死に思い出そうとして額を姉の背中に押しつけた。レオギンが、門には魔術をかけてあるから誰がどんな術を用いても鍵を使わないかぎりはやぶれないのだと断言していた。鍵を探し出さないかぎり、アーレインが薬草園に入ることは不可能だ。 「でも、辺境伯はお館の外には持ち出していないと思う」 ハティはアーレインの背中に言った。 「庭守が薬草園の外に秘密を持ち出すとは思えないもの。きっと、お館のどこかに残っている。だけど辺境伯が鍵をあずかっているはずなのに、レオギンはたしか、魔術師でなくては鍵は開けられないって……そんなことを言っていた」 魔術師でなくては鍵は開かない？ アーレインは眉根を寄せて、 「それは、魔術師が鍵ということ？」 「そうだと思うけど、術で鍵を開けようとしても開かないみたいだよ」 アーレインは額をスルスミの首筋に押し当てた。辺境伯の私室に入ったことも、その部屋があるヘーデン城館の北の塔自体に足を踏み入れたこともなかったけれども、屋敷のどこかで〝不可解な何か〟を目にしたような記憶があった。それはたしかに〝魔術師を示すかたち〟をしていて、そのときはライナスが一緒にいて―――― 思い至って、彼女は飛び上がった。 前方にはヘーデン北東部の小麦畑が見え、その向こう側には領館の尖塔の先がのぞいた。獅子の車のものと思われる金色の霧のようなわだちが領館の屋根の中に吸いこまれてゆく。再度、アーレインはスルスミのわき腹を蹴った。彼のたてがみと一緒に汗のしずくも握りしめた。 シュトロム村を過ぎディッセルベーンを過ぎ、馬丁たちの詰め所を一瞬で通り過ぎ、アプローチなど一足飛びで、彼女らはヘーデン領館の玄関の前に乗りつけた。バートラムが駆け出してくるのを視界の端にみとめながら、アーレインはハティを馬背からおろした。 「あんたは、先に行きなさい」 「でも」 僕は薬草園に入れても、鍵が見つからなくては…… 「あんたは薬草園の魔女が大切なんでしょう？ あんたなら排水路を通ることができる。助けたいのなら、早く行きなさい」 アーレインの口調は強かった。ハティの頭の中をわずか数瞬のあいだにさまざまなことがらが走馬灯のようにめぐって、すぐに掻き消えた。十二祝いの日に「おめでとう」と言ってくれたレオギンの声だけが強く残って、それだけを守るために彼は走り出した。 「ありがとう、姉さん」 そう言い残して。 ハティを見送り、アーレインは早速バートラムに駆け寄った。 「バートラムさん。秘密の庭の鍵って、知っています？」 老執事は目を白黒させたまま首を横に振った。アーレインが彼のこんなにあわてた表情を見るのははじめてだった。 「どうなさったのです？ そして、いったい何が起こっているのです？ 先ほどは頭上でものすごい音がしました。そのうえ秘密の庭の鍵がいかがかとは――」 「知らないなら庭の鍵はいいんです。訊いてみただけですから。それよりも」 彼女はバートラムが管理している鍵束を貸してくれるようにとまくしたてた。彼女の迫力に気おされたのと、老執事が個人的にこのまじない師の少女をライナスにとって好ましいと感じていたこともあって、彼は何も言わずに鍵束を差し出した。アーレインは短く礼を言い、まっすぐに南の塔を目指した。 鍵職人が腕によりをかけて作ったという南塔の精巧な錠は、正規の鍵と噛み合うと、まじないを使うよりも数倍早くすんなりと開いた。 久しぶりのライナスの部屋には、コーヒーの香りが未だかすかに残っていた。しかし感慨にひたる間もなく、アーレインは膝をついてサイドテーブルやベッド脇を探した。そしてほどなく探し物は見つかった。古ぼけた〝黒の魔術師の札〟は遊戯盤の上に、ほかの絵札たちと一緒に重ねられていた。手にとって裏返してみると、木製のはずのそれには金属板が貼りつけられていて、不思議な文様が刻まれているのだった。きっと、鍵だ。 「この〝魔術師〟で、門が開くのね」 部屋を出、螺旋階段を下りずに手すりを乗り越えて、一気に下まで飛び降りた。落下したハティを受け止めたときと同じく床に足がつく直前にふわりと身体が浮いて、やわらかく着地することができた。ちょうど南塔から飛び出す瞬間をホールを横切ろうとしていた女中のメリルに目撃されて亡霊を見るような目で見られたが、アーレインにとってはどうでもよいことだった。 東塔と北塔のあいだの壁を調べると、繁ったツタに隠されるようにして鉄門が据えつけられていた。ためしに術で開けようと試みても、ハティの言ったとおりに強烈な力でがんじがらめに縛られており、うまくいかなかった。その代わり門の中央には郵便受けのミニチュアのような細長の隙間があった。隙間に魔術師の絵札を差し込むと、かちりと小気味よい音がして門が開いた。アーレインはかび臭いその中に飛びこみ、ひたすらに先を目指した。 |
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