我が姫君

「我が姫君は、近い将来、君もうらやむ美しい人になるよ！」
　ユーベリウスは歌うように言った。うきうきと楽しげな親友を横目に、エルンストはあくまで優雅にコーヒーカップを口元に運んだ。
「あのおてんばが、俺がうらやむほどの美しい淑女になるとは到底思えんがな」
「おてんば？　彼女の魅力の半分は、あの気性にあると言っても過言ではないと思うけど」
　ユーベリウスは紅茶を一口すすり、興味を示そうとしない親友に「我が姫君」の素晴らしさを伝えるべく、身を乗り出した。
「アゼルはとても負けず嫌いで、気位が高くて、そのくせ泣き虫で、怒りっぽいけれど、人前では立派なレディだよ。彼女のおてんばぶりを目の当たりにできるのは、彼女に近しい者たちだけに許されている特権さ。他人に囲まれたアゼルはあくまでも優等生、非の打ちどころのない淑女だよ。それなのに僕といるときはわがままをたっぷり聞かせてくれるし、子どもみたいに甘えてくる。かけがえのない、僕のかわいい人だよ」
「その話だと俺には、ただの二重人格にしか聞こえないが」
「賢いんだよ、アゼルは。公私の使い分けが上手なだけさ」
「そのアゼルの話のどこをどう聞けば美しい人になるのかが、俺にはわからない」
「……エルンスト。君はもう少し、アゼルのことをわかってもいいと思うよ。もう長い付き合いなんだから」
　黒髪を肩の後ろに払い、ユーベリウスは指を組んだ。
「まあ、彼女は折れそうなほどに華奢でもないし、ぬけるような白い肌の持ち主でもないし、人形のように造形的なまつげの持ち主でもないし、ムーンレーナのような生まれつきの絶世の美少女というわけでもない。けれどね、彼女の心はとてもまっすぐで、潔癖で、とても気高いんだよ。それが全身からにじみ出てる。彼女は魂の美しい人なんだよ」
「……時代遅れの詩人のような言葉を、おまえはよくも恥ずかしげもなく言えるな」
「だって、本当なんだからさ」
　エルンストはコーヒーを飲み干し、きらきらという形容がぴったりなほどに瞳を輝かせているユーベリウスを改めて見つめた。たいした変わりっぷりだ。ここまで彼が一人の少女に入れ込むとは、誰がどうして想像できただろうか。
　ロンディール侯爵の息女の騎士となることを拝命する以前は、ユーベリウスの周囲には常に華やかな噂があふれていた。彼が口説いた女性は数知れず、今日が街娘ならば翌日は某伯爵夫人というように、ユーベリウスに泣かされるご婦人は多すぎてエルンストにはとてもはかりしれなかった。しかし二年前、ユーベリウスは、アゼル・メシアナ・ロンディールの騎士に決まった途端に変貌した。「我が姫君」――侯爵のご息女に夢中になったのだ。そのとき、エルンストは、ユーベリウスの嗜好がどうにかなったのではないかと本気で心配したものだ。なにせ、当時アゼルはまだ十二歳だったのだから。
「どうしてアゼルだったんだ？」
　おまえが惚れたのは。エルンストがたずねると、ユーベリウスは腕組みをしてちらと天井を見上げた。
「んー……まあ、理由はいろいろあるけれど。ひとつだけ挙げるなら、僕の顔面にクッションをクリティカルヒットさせたってことだね」
「はあ？」
　エルンストがいぶかしげに眉をひそめても、ユーベリウスはごくごく幸せそうに微笑むだけだった。

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