銃と剣

　かたかたと、震えが止まらない。止まれ、止まれ、これしきのことで。これしきのことで、どうして震えるんだ。アゼルは自分の手首を押さえつけた。それでも腕は、言うことを聞かなかった。
「――アゼルには、やっぱり向かないんだよ」
　ルエの声は優しかった。それがむしろ悲しく、自分に腹が立った。
「無理することないよ。アゼルは、恥ずかしがることなんてない」
「そんなこと……！」
　歯を食いしばり、再び前方にかまえようとしたアゼルの手を、ルエの手のひらがやわらかく包んだ。そしてアゼルの手の中から、〝それ〟を抜き取った。
「アゼル。無理して銃を使えるようになろうだなんて、思わなくていいんだよ」
　そう。〝銃〟を。
「アゼルには剣技があるじゃないか。銃までは、いらないよ」
「でも、銃があつかえるかあつかえないかで機関員の価値は」
「剣が使えるだけで充分。個人用の銃が与えられる機関員なんて、ほんの一握りなんだから」
「……わかってる」
　アゼルは冷たいアスファルトに座り込んだ。まだ震えは収まることなく、みぞおちのあたりでどろりとした何かが渦巻いているかのようで、ひどく気分が悪い。
「わかってるけど、自分が情けなくて腹立たしいのよ！　どうして、銃は駄目なの？　こんなに震えるの。どんな剣でも大丈夫なのに」
「怖いからだよ」
　ルエは銃を厳重にケースにしまい、ケースの鍵をかけて言った。
「俺だって怖いよ、銃は。剣は神に奉納できるものだけれど、銃は、あくまで人の武器だから」
　銃はあくまで人の武器だから。
　愛する女（ひと）や忠誠を誓った主を守る騎士の得物ではなく、あくまで敵を殺すために帯びる得物だから。
「怖いと思わずに自慢げに銃をかかえる奴らを、じいちゃんは精鋭には選ばない。じいちゃんもいつも言ってるよ、銃の怖さがわからん奴は、いつかきっと機関にそむくって。そして闇社会にもぐって、つまらないことで命を落とすのだって」
「…………」
「俺はじいちゃんの孫だから。だから、機関員の中でも精鋭を目指さなくちゃいけない運命だけど、アゼルは違う。アゼルはそんなものに、ならなくていいんだよ」
　かのユーベリウスだって、きっと望まないよ。ルエはアゼルの目の前にかがんで視線の高さを合わせ、彼女の肩に顎を置いてともがらの祝福をとなえた。
「アゼルの手が、銃に汚されずに、きれいなままでありますように」
　アゼルは唇を噛み締めて涙をこらえた。機関員の中でも五指に数えられる精鋭であったユーベリウスの面影が、脳裏に浮かぶ。ユーベリウスは精鋭であったがために若くして命を落としたのだと、機関長は言っていた。
――それが本当であるならば、なおさら私は機関員に……精鋭になりたいのに――
　震える手が、銃の重みに持ち上がらぬ腕が、うらめしかった。そして肩に置かれたルエのぬくもりに、ひどく悲しくなった。

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